労働裁判・重要判例

精神的不調による無断欠勤を理由にした諭旨退職処分

日本ヒューレット・パッカード事件
最高裁 平成24年4月27日判決

【事件の概要】
同社にシステムエンジニアとして勤める社員Xは、自分に対する嫌がらせが行われていると申告し、有給休暇を取り始めた。本人が申し立てた嫌がらせとは、盗撮や盗聴により日常生活を3年間に渡り監視されている、そして収集された情報を使って自分に対するほのめかし等が行われているという内容だった。

有給休暇の残り日数が少なくなると、社員Xは休職の特例を求めたが、会社は休職を認めなかった。そして本人が申し立てる嫌がらせについて調査を行うものの、そうした事実は確認できなかったとして、有給休暇を使い終わった後に出勤しない場合は、正当な理由がなく、やむを得ない理由もないため欠勤となることを繰り返し告げた。

しかし、社員Xは有給休暇をすべて消化した後も約40日に渡って出勤しなかった。このため、同社は就業規則の懲戒事由として定める正当な理由なしに無断欠勤を14日以上続けた場合に該当するとして、社員Xを諭旨退職処分とした。これに対し社員が懲戒処分の無効と雇用契約上の地位の確認を求め、裁判を起こした。






最高裁は配慮不足を指摘


【裁判所の判断】
1審の東京地裁は社員Xの請求を棄却したが、2審の東京高裁は、社員Xは欠勤継続の意思表示を行い、休職の特例を求めていることから無断欠勤には当たらない。そして会社側の職場への復帰に向けた適切な対応がなかった点を指摘し、諭旨退職処分を無効とした。このため会社側が最高裁へ上告した。

最高裁は、社員Xは精神的な不調が解消されない限り出勤しないことが予想されることから、会社は精神科医による健康診断を実施し、その結果によっては治療を勧めた上で休職等を検討し、その後の経過を見守るなどの対応を採るべきであり、今回の会社の対応は精神的な不調を抱える労働者に対する対応としては適切とは言えないと判断。

そのため、社員Xの欠勤は就業規則に定める正当な理由のない無断欠勤には当たらず、この欠勤を理由とした懲戒処分は懲戒事由を欠き、無効と言うべきであるとして、上告を棄却した。

最高裁判所の判決文はこちら(PDF)



解説と実務におけるポイント


この事件は精神的な不調を訴える社員の言動に対する懲戒処分の有効性について、最高裁が示した初めての判断です。最近はこうした精神的な不安定さから、労務の提供ができなくなる社員が増加する傾向があり、会社の対応を検討する上で参考となる事件です。

今回、最高裁は社員Xの欠勤が無断欠勤に該当するかどうかについては検討せず、欠勤の原因が精神的な不調であり、これが解消されない限り欠勤が続くことが予想されたことを確認したのみでした。そして会社側の対応に配慮義務違反があったことを詳細に指摘しています。

会社に必要とされる配慮義務としては、次のようなものがあります。
①労働者の生命や身体の安全を確保する「安全配慮義務」
②働きやすい職場環境を維持する「職場環境配慮義務」
③転勤や出向の際の負担軽減や、人員整理の際の解雇回避措置といった「人事上の配慮義務」

本件で最高裁は会社の対応について、健康診断を行わなかったことなどから①の安全配慮義務と、休職などを検討しなかったことから③の人事上の配慮義務が十分になされたとは言えず、配慮義務の不履行により社員Xの欠勤が懲戒事由には該当しないと判断しました。現在、この配慮義務は労働契約法の第3条(労働契約の原則)と、第5条(労働者の安全への配慮)で明文化されています。

今回の事件のように欠勤の原因や理由が精神的な不調であることについて予見性が高い場合は、懲戒処分に際しては慎重な対応と手続きが必要です。就業規則で『会社が必要があると判断した場合は健康診断を行う』といった趣旨の規程があれば、専門医による健康診断を行うといった配慮が必要になります。また、一旦休職させ経過を見守った上で、改めて解雇を検討するといった人事上の配慮措置が求められます。

こうした対応が求められるのは、精神的な不調の原因が長時間労働やパワーハラスメントなどの業務上の理由により生じたことも考えられるからです。労働基準法は第19条で、使用者は労働者が業務上の負傷や疾病により療養する場合、療養期間中は解雇してはならないという解雇制限を定めています。発症の原因が業務上であると判断されると、精神的な病のような完治するまでの期間がはっきりしない場合は、解雇制限がずっと続くことになり、解雇はできません。休職期間が満了して退職となるのは、休職の原因が私傷病の場合です。


社員証のイラスト



【関連する事務所新聞記事】
ストレスチェックで高まる企業の安全配慮義務



関係する法律と類似の裁判例


労働契約法 第3条

労働契約法 第5条

労働基準法 第19条
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能になった場合においては、この限りでない。


類似の裁判例

防犯機器製造販売T社事件  東京地裁 平成26年7月18日判決

入社1年を経過した社員Kが給料のアップや配属先の変更を会社に求めてきたが、社長は社員Kの要求を受け入れることはできないと回答した。すると社員Kはうつ病の診断書を提出し休職を申し出た。休職期間が満了したため会社は、会社が指定する専門医の診断を受けることを通知したが、社員Kは受診をしなかった。このため会社は、就業規則の解雇事由として定める「心身の障害により勤務に支障が出た場合」にあたるとして、社員Kを解雇処分にした。


東京地裁は今回の解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるとして、会社側の主張を認めた。裁判所が指摘したのは以下の点。

①うつ病の原因は社員Kのプライベートな女性問題に原因があると認められる。
②現在の配属先でも給料アップが叶う可能性がある。
③会社は1度は無断欠勤を理由に懲戒解雇処分を出したが、すぐにこれを撤回し、休職を認めている。
④一度出した懲戒解雇処分は社員Kのうつ病を悪化させたが、その程度は重いものではない。
⑤就業規則には休職中の社員が復職するには、会社が認める医師の診断を受け、復職の可否を判断すると定められており、社員Kが受診をせず復職が可能と判断されず休職が続いたことは、就業規則に定める解雇事由になることが予定されていると解される。







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人事コンサルタント・特定社会保険労務士の梶川です。大阪で人事コンサルティング事務所 オフィス ジャスト アイを運営しています。主な業務は採用や人事評価、人材育成などを支援する人材アセスメントと、社会保険労務士業務です。

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