人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

ストレスチェックで高まる企業の安全配慮義務


就職戦線が学生側の売り手市場に変わり、企業は自社のアピールに懸命だ。特にブラック企業と見なされないように、残業が少ないことや休日・休暇が取りやすいことを唱えている。だが、聞くと見るとは大違いという現実もある。

厚生労働省が行った労働安全衛生に関する調査によると、メンタルヘルス不調により1年間に1カ月以上の休業または退職した労働者がいる事業所は、H22年の調査では7.3%だったが、その後は9%、8.1%と推移し、H25年の調査では10%と増加傾向が続いている。また精神障害による労災申請はH21・22年度が1,100件台、H23・24年度は1,200件台、H25年度では1,400件台と増加している。






医師による面接指導が行われる2つのケース


こうした状況を受け、H26年に労働安全衛生法が改正され、一定規模以上の事業場では社員に心の健康診断とも言える ストレスチェック を行うことが義務化された(施行日はH27年12月1日)

ストレスチェックは医師や保健師などがチェックシートを用いて労働者の心理的な負担の程度を調べるもので、結果によっては、社員に対し医師による面接指導が行われる。この面接指導の仕組みは、すでに義務化されている「長時間労働者に対する医師の面接指導」とよく似ている。

長時間労働者への面接指導は、全ての事業場が対象になり、1カ月の時間外労働と休日労働の合計が100時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者が対象になる。一方、ストレスチェックの場合は、常時使用する労働者が50人を超える事業場が対象になる。会社全体ではなく、支店や営業所、工場など事業場単位で常用雇用の労働者が50人以上いる場合で、これは産業医の選任義務が課せられている要件と同じだ。

パート・アルバイトなどの有期雇用の労働者や短時間労働者は、1年以上雇用されており(雇用される予定も含む)、1週間の所定労働時間が正社員の4分3以上であれば対象になる。そして面接指導の対象となるのは、高いストレスを受けていると判定された労働者だ。

医師による面接指導は、長時間労働があった後やストレスチェックの後に、条件を満たす労働者が自ら医師の面接指導を受診したいという申し出があった場合に実施される。会社は申し出があれば、必ず医師による面接指導を受けさせなければならないが、申し出がない限り、面接指導を受けさせる必要はない。

医師は労働者に対し問診その他の方法で心身の状況を把握し、必要な指導を行う。面接指導が終われば、会社は医師から意見を聴いて、必要があれば就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少といった事後措置を取らなければならない。



会社には伝えられない社員のストレス


2つの面接指導の目的は異なる。長時間労働者への面接指導は脳や心臓疾患の発症を予防するために行われる。これに対しストレスチェック後の面接指導は、高いストレスを受けていると思われる労働者自身に気づきを促し、精神疾患に陥るのを防ぐために行われる。今は問題がないが、このままでは心の健康を損ねる恐れがある社員に自発的に対策を講じてもらう一次予防が目的になっている。すでにメンタルヘルス不調に陥っている社員を早期に見つけることが目的ではないため、呼称は「メンタルヘルスチェック」ではなく「ストレスチェック」になっている。

また、医師等にはストレスチェックの結果について守秘義務が課せられており、労働者の同意がない限り結果は会社に提供されない。会社は労働者から面接指導の申し出があって初めて、その社員が高いストレスを受けていることを知ることになる。

ストレスチェックの結果を会社が入手できないようにしたのは、ストレスが労働者のプライバシーと密接に関係しているためだ。私生活で高いストレスを受けている場合や、すでに何らかの精神的な不調を自覚している場合は、会社に症状が報告されることがストレスを悪化させることになりかねない。このためストレスチェックは会社には実施義務はあるが、労働者には受診義務は課せられていない。







メンタルヘルスを巡る裁判事例


労働安全衛生法が改正され、一定規模以上の事業場では「ストレスチェック」が義務化されたことにより、企業の安全配慮義務のハードルはまた一つ上がったことになる。

ストレスチェックの後に医師による面接指導が行われれば、会社は必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少といった人事労務管理上の措置を取らなければならない。これを行わず、労働者がメンタルヘルス不調に陥れば、会社はこれまで以上に厳しく安全配慮義務違反が問われることになる。

こうした懸念を予感させる事件の判決が昨年(H26年)に最高裁であった。東芝の液晶ディスプレイの製造ラインの一工程のプロジェクトリーダーが抑鬱状態になり、会社は休職を命じ、その後、休職期間満了で解雇とした。労働者は抑鬱状態となった原因は業務に起因するものであるとして解雇無効による地位確認請求と、安全配慮義務違反による損害賠償請求の訴訟を起こした。

休職に至る経緯は次のようなものだ。入社8年目の女性労働者が初めて液晶ディスプレイの一ラインのプロジェクトリーダーに就くことになった。不慣れな業務と連日のトラブル対応で月に60h~84hという長時間の時間外労働、休日出勤が続いた。この労働者は入社5年目から定期健康診断で不眠を訴えており、プロジェクトリーダー就任後も数回に及ぶ時間外労働超過者に対する医師の面接指導で、頭痛、めまい、不眠を訴えていたが、産業医は特段の対応を取らなかった。

この間、女性労働者は自ら神経科を受診したが、鬱病という診断には至らなかったため、この事実は会社には申告していなかった。そして、療養のための有給休暇の取得や、体調不良で欠勤が続き、上司には業務量の減少を申し出たが聞き入れられず、休職に至ることになった。



人事労務管理における注意点


一審の東京地裁、二審の東京高裁は抑鬱状態となった原因としての業務起因性を認め、解雇は無効との判決を下した。労働基準法は第19条で、労働者が業務上の負傷や疾病を療養するため休業する期間は解雇してはならないという解雇制限を課している。

【労働基準法・第19条】 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間(中略)は、解雇してはならない。(以下・略) 



今回の事件はこれに抵触するため会社による解雇は無効とされた。うつ病のようにいつ療養が終わるかがわからない場合、うつ病の発症が業務に起因したものと判断されると、治療の間は解雇制限がずっと続くことになり、この間、会社は労働者を解雇できないことになる。

損害賠償責任でも労働者側の主張が認められたが、二審の東京高裁では、労働者が神経科の受診をしていたことを会社に申告しなかった過失責任と本人の脆弱性による素因減額を認め、損害賠償額の2割減額を命じた。この減額判断を不服として、労働者側が最高裁に上告した(解雇無効の判決は確定)

最高裁の判決は損害賠償額の減額は違法として破棄し、労働者側の勝訴となった。判決の中で最高裁は、労働者が神経科への受診の事実を会社に申告しなかった過失責任については、神経科への通院、病名、薬剤の処方に関する情報はプライバシーに関するものであり、人事考課等に影響する事柄として通常は職場に知られず就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であるとし、会社は必ずしも労働者からの申告がなくても、労働者の健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているとした。

そして、今回の事案のように過重な業務が続く中で体調の悪化が看取される場合は、本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じて業務を軽減するなどの労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるとした(素因減額についても否定)

この事件から会社は長時間労働や高いストレスにより体調不良が観察できるような場合は、産業医が特段の指示をしなくても、また本人からの積極的な情報提供や申告がなくても、安全配慮義務を果たす責任があり、これを怠った場合は損害賠償を負うことになりかねないことを示している。


【類似の裁判例】
精神的不調による無断欠勤を理由にした諭旨退職処分


【厚生労働省・参考サイト】
こころの耳
職場復帰支援プログラム(PDF)
心の健康づくり計画(PDF)


2015/8/19





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