人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

人事異動による人材育成の危機



会社員である以上、誰でも否応なく自社の人事管理の影響を受ける。その中でも、最たるものが 人事異動 だ。ある日突然、上司や人事部から呼ばれ、異動を告げられる。引越しを伴う転勤になると影響は家族にも及ぶ。

また、人事異動はようやく仕事に慣れ、周囲との人間関係もできて、「さあ、これから」という頃合を見計らうように行われる。異動する当人にすれば、新しい仕事や未知の人間関係という環境ではパフォーマンスが悪くなるのは当り前なのに、なぜ会社はこんな効率の悪いことをするのだろうと思ってしまう。






人事異動の目的とは


会社があえて当面の生産性の悪化も顧みず、人事異動を行う目的の一つは人材を再配置するためだ。企業は常に環境の変化に晒されており、経営戦略や事業計画も見直しされる。そのため現在の人員配置を質と量の両面から見直す。収益性が低い部門から将来性のある重点強化部門へ人員を異動させるのは、その典型例といえる。

また、人事異動にはこうした人材の再配置に対応できる能力を備えた人材を育成するという目的もある。異動することによって、新しい上司の下で新しい仕事を学ぶことで、適性の発見や能力・キャリア開発、人間関係というネットワークの構築を図ることができる。これは企業特殊能力の養成のための投資といえる。

人事異動による人材育成は ジョブローテーション とよばれ、企業規模が大きくなるほど取り入れられている。だが、最近はこのジョブローテーションが危機的な状況を迎えている。



ジョブローテーションの危機


ジョブローテーションによって社員を異動させて育成するという仕組みが機能するには、長期的な雇用が保障されていることが前提になる。社員が自分の意に沿わない異動を受け入れるのは、定年までの雇用が約束されているという見返りがあってこその話だ。

だが、企業は失われた20年とよばれる経済情勢下で人員整理を行い、終身雇用制度は事実上終焉を迎えた。長期安定雇用保障がない中での人事異動は会社都合によるキャリア形成であり、異動の中心になる若手社員ほど不利益を被ることになる。自分のやりたいことができない、専門外の部門へ異動させられるくらいなら多くの求人が期待できる20代のうちに転職してしまおうとするのは合理的な行動だ。

一方、社内の力関係の変化もジョブローテーションを危機に追い込んでいる。人事部が育成のため異動させようとしても、部門責任者が強く抵抗する。特に目標達成が必達になっているライン部門では、ようやく戦力となってきた中堅・若手社員を異動させられると組織目標の達成が困難になる。社内の政治力学上、ライン部門の発言力は強いため、人事部の希望する人材育成のための異動ができない状況が生じている。

さらに、各職場における専門性の高まりが人事異動のコストを高騰させているという状況もある。従前であれば2~3年で異動先の職務を一通り習得することができたが、現在はさまざまな職務で専門性が高まっている。わずか数年では仕事の上っ面やごく一部しかわからず、中途半端な能力・スキルしか身に付けることができなくなっている。

また既存の習得した能力やスキルも急速に陳腐化する。そのため、再度の人事異動で古巣へ戻ってみると以前の仕事の内容や進め方がすっかり変わっており、浦島太郎状態になってしまうこともある。このため人事異動による人材育成に時間という経費がかかり、それまで身につけた能力を活かせなくなる機会損失のリスクも高まっている。


ハンマーのイラスト



人事異動の錯覚


ジョブローテーションがその有効性を失いつつある一方、人事異動による人材育成についての錯覚や思い込みも問題といえる。

しばしば日本企業の強みとして、人事異動によりさまざまな職務を経験させることで、変化に即応できる人材配置を可能にしている点が指摘されることがある。だが、各種の調査によれば、人事異動によってさまざまな部門を経験している人は少数派で、圧倒的多数の人は特定の部門内を異動していることが明らかになっている。

例えば連合総研が行った 調査 では、人事異動によって人材育成が終了すると思われる30歳~35歳の男性社員で、入社後経験した部門が1つの人は66%、2つが25%、3つになると7%しかいない(P23)。つまり販売・営業から生産管理へ異動し、その後事務系職務へ異動するといったような部門をまたぐような異動を経験する人は極めて少数派だ。

巷間取り沙汰されるような日本企業の人材育成はゼネラリスト養成型のため専門家が育ちにくいというのは錯覚で、実は日本企業は異動といっても勤務地は変わっても特定の部門内での異動が一般的で、むしろスペシャリスト養成型ということになる。

そのため昨今のように経営環境が大きく様変わりして、事業の構造転換を図る必要に迫られると人材の供給や調達が追いつかず、結果として人員整理をせざるを得なくなっている。

そして、社員の側からすれば、会社はゼネラリストを養成しているという錯覚、思い込みがキャリアの見方に影を落としている。自らが専門職としてのキャリア形成の途上にあるという感覚が乏しいため、専門性を高め、深耕させる自己啓発につながりにくくなっている。経営者や人事担当者だけでなく、一般社員も人事異動についての認識を新たにする必要がありそうだ。

2015/11/9






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