人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

裁量労働制に見る脱労働時間給という働き方



労働基準法の前身は「工場法」という工場労働者を保護する法律だった。製造業は1時間操業すれば生産性に見合う付加価値が生み出される。しかし、今や日本の全産業の付加価値総額の7割を占める第三次産業では、労働者が1時間働いても時間に応じて付加価値が産出されるとは限らない。自社がメーカーでも、いわゆるホワイトカラーの社員については同じことが言える。

このため現在の労働基準法は、専門性を求められる一部の労働者向けに 裁量労働制 という仕組みを用意している。裁量労働制では、会社や上司が社員に対して業務遂行の手段や時間配分などについて具体的な指示をせず、労働時間はあらかじめ定められた時間を働いたものとみなして扱われる。

折しも政府は「働き方改革」の一つとして、「高度プロフェショナル職」という名称の新しい裁量労働制の導入と、以下に述べる「企画業務型裁量労働制」の対象業務の拡大を検討している。法案の行方は不透明だが、今後、労働人口が減り続ける中で、より多くの人が仕事に就くことができ、なおかつ生産性を向上させるには裁量労働制の拡充は避けて通れないと思われる。そこで裁量労働制の仕組みと注意点を通じて、労働時間に捉われない 脱労働時間給 という働き方を見てみよう。






裁量労働制で長時間労働が減る仕組み


現在の裁量労働制には、専門業務型裁量労働制企画業務型裁量労働制 がある。専門業務型はシステムエンジニアやデザイナー、ディレクターなど厚生労働省が指定された業務に就く労働者が対象になる。企画業務型は、経営企画部や人事部、財務部といった企業の運営上、重要な決定が行われる部門において企画や調査、分析の業務を担う労働者が対象になる。企画業務型の対象業務は厚生労働省による具体的に指定がなく、会社が設置する労使委員会による決議で決定される。

これらの裁量労働制を取り入れると、仕事の段取りや進め方、時間の配分などは社員の裁量に委ねられ、会社や上司は口を挟むことができなくなる。高い専門性を有している社員は、仕事の進め方や時間の使い途は自分で決めて、労働時間は労使協定や労使委員会の決議によって、あらかじめ定められた労働時間働いたものとみなして扱われる。仮に「所定労働時間働いたものとする」と定めれば、その日は1時間働いても、10時間働いても、所定労働時間働いたものとされる。

このみなしの労働時間を何時間にするかについては、必ずしも現在の労働時間の実情を踏まえ設定する必要はない。労働基準法では、「対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間」を設定することを求めているだけだ。現在は労働者に仕事の進め方や時間配分に裁量がないため、結果として長時間労働になっている側面がある。

例えば、研究者が実験結果の出来上がりが午後からで、午前中はさしたる仕事がないといった場合でも、始業時間の9時には出社する必要がある。そして午後に実験結果を受け取ってから本来の仕事が始まるため、結果として残業になる。裁量労働制であれば、自分の判断で午後1時に出社することができ、夜の10時まで働いても残業にならない。

裁量労働制については、サービス残業を蔓延させるという批判がつきまとう。だが裁量労働制における労働時間を、現在のような上司の指示を受け、全員が同じ時間に仕事を始め、同じ時間に終了するという仕組みの下での働き方をベースに捉えるのではなく、一部の社員については自由度が増した働き方にして、仕事の効率を高め、長時間労働を減らすことを促す仕組みとして検討してみるといった視点が必要だ。




裁量労働制なら、上司の指示はなくなります



導入と運用における注意点


裁量労働制を導入する際は、まず 対象業務 をしっかり確認することが必要だ。特に専門業務型は厚生労働省が適用できる対象業務を細かく規定しており(詳細はこちら)、中には勘違いしやすい業務もある。例えばプロデューサーやディレクターは対象業務とされているが、これは放送番組や映画制作事業を手掛ける会社に限られる。

また、いわゆるシステムエンジニア(SE)は対象業務になるが、プログラマー(PG)は対象外になる。企画業務型では、労働基準法で「対象業務を適切に遂行するための知識、経験を有する労働者」という指定がなされている。

たとえ対象業務に該当しても、補助的な業務に従事している場合や、会社や上司から具体的な指示を受けて働いている場合は適用できない。裁量労働制の適用にあたっては、専門業務型では労働者の同意は必要ないが、企画業務型では本人の同意が必要になる。

裁量労働制では、業務遂行の手段と時間配分等については、労働者の裁量に委ねられ、会社は指示をすることができないが、それ以外の業務については指示を出すことができる。例えば会議への出席や業務の進捗状況の報告を求めるといったことは可能だ。

「時間配分等」に始業・終業時刻が含まれるか否かについては、法律の定めや通達等がない。そのため就業規則で定める始業・終業の時刻は適用されるが、許可や承認を受けることなく、この時刻以外に勤務することができる。しかし労働日の裁量までは認められていないため、所定労働日には出勤する必要があり、その日に休めば欠勤控除が可能になる。


裁量労働制での割増賃金


裁量労働制では、1日の労働時間を何時間とみなすのかついて定めが置かれるが、これはあくまで対象業務に従事した場合にのみ適用される。そのため、対象業務以外の仕事に従事した場合は、別途、労働時間を把握し、みなしの労働時間に加算する必要がある。

例えばみなし労働時間が8時間というシステムエンジニアが、午前の3時間に営業担当者と一緒に顧客先を訪問し、午後からシステムエンジニアの業務を行なった場合は、みなしの8時間に午前中の3時間が加算され、この日の労働時間は11時間になり、時間外労働を行ったことによる割増賃金が必要になる。

このように専門業務型の裁量労働制を対象業務以外の仕事を数多く担う社員に適用すると、計算上の労働時間が長くなる恐れがある。一方、企画業務型では「対象業務に常態として従事していること」が求められるため、いわゆる掛け持ちで仕事をしている社員は対象外になる。みなしで定める1日あたりの労働時間は、対象業務の内容が同じでも、役職の有無や資格等級、スキルレベルの違いによって、異なる時間を設定することができる。

裁量労働制では1日のみなし労働時間を8時間としている会社も多いが、こうした会社でも時間外労働の割増賃金が必要になるケースがある。例えば、土日が休日という完全週休2日の会社で、所定外休日の土曜日に出勤すると、この週の労働時間は48時間になり、割増賃金が必要になる。また裁量労働制であっても、休日労働や深夜労働については割増賃金が必要になる。

割増賃金の計算は、まず月給をみなしの総労働時間で割って「基礎となる賃金」(=時給単価)を求める。そして時間外と深夜労働の場合は、これに0.25を掛け、休日労働の場合は、1.35を乗じる。先に記した所定外の休日に勤務することで1週40時間を超えた場合は1.25倍になる。

有給休暇を取得した場合は、対象業務に従事していないため、みなしの労働時間が適用されず、通常支払われる賃金は、所定労働時間働いた賃金を払えばよいことになる。このため、みなしの労働時間が8時間超になっている労働者は、有給休暇を取得すると、普段の給料よりも少なくなる可能性がある。


2017/11/27






事務所新聞のヘッドラインへ
オフィス ジャスト アイのトップページへ


↑ PAGE TOP