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管理職は労働者か、それとも使用者か



会社員として働いていると、時に「自分は労働者なのか」と迷う出来事に遭遇することがある。その一つは管理職に昇進した時だ。労働基準法では労働者を「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」としており、管理職も労働者になる。だが残業代がつかなくなることがある。

これは労働基準法がいわゆる管理監督者については、労働時間、休憩、休日の適用を除外すると定めているためだ。管理監督者は労働時間規制の保護を受ける対象者ではなくなるため、結果として割増賃金が払われなくなる。割増賃金の適用が除外されている訳ではないため、深夜労働については管理監督者でも割増賃金の支払いが必要になる。

労働基準法が定める「管理監督者」は、会社における「管理職」とは必ずしも一致しない。管理監督者とは、労働者の労働条件の決定や労務管理について経営者と一体的な立場にある者を指すとされている(S63.3.14 基発150号)。このため管理職へ昇進したばかりで、自分よりも上位の階層に何人もの役職者がいるといった場合は管理監督者に該当しない可能性がある。

管理監督者に該当すれば、休憩時間や休日は与えなくてもよいことなる。管理職を管理監督者とし、時間外労働規制の対象から外した一方で、休憩や休日は一般社員と同じように付与しているのは一貫性がない取り扱いと言えなくもない。なお管理監督者であっても有給休暇取得の権利は付与される。

管理職になると社内の労働組合の組合員でなることもある。しかし労働組合法では労働者を「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」と定めている。このため社内の労働組合には加入できなくても、社外の労働組合には加入できる。また退職し失業していても労働組合法上の労働者として扱われる。プロ野球選手による労働組合は労働組合としての資格認定を受けており、労働委員会がコンビニチェーンのフランチャイズオーナーを労働組合法上の労働者であるとして肯定したケースもある。

管理職として昇進昇格を続け、兼務役員になった場合も、労働者なのかどうかで戸惑うケースだ。兼務役員とは「取締役〇〇部長」といったように、取締役と使用人を兼務している。この場合、①会社の規程で兼務役員について定められ、②取締役と使用人の報酬が区分され、③取締役の報酬は株主総会の決議によって決められていれば、取締役だけでなく労働者の地位も合わせ持つ者として扱われる。だが、こうした規定がないまま兼務役員となっている場合は、実態に即して労働者であるかどうかが判断される。

また最近は執行役執行役員という役職も頻繁に見かける。この2つの名称は似ているが、労働者かどうかを巡っての扱いははっきり異なる。「執行役」は指名委員会設置会社において業務を執行する者であり、労働者としては扱われない。一方「執行役員」は株式会社の機関としては扱われず、法律上の位置づけもされていないため重要な使用人という立場になり、裁判では労働者性が認められたケースもある。



一体、誰と誰が労働者なの?



取締役と労働者の法律上の違い


同じように会社で働きながら労働者かどうかを巡って取締役と従業員に違いがあるのは、会社と交わす契約の種類に違いがあるためだ。従業員と会社との契約は民法の「雇用」にあたる。そのため「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生じる」(民法623条)ことになる。

一方、取締役と会社の契約は「委任」または「準委任」とされる。委任とは「当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生じる」とされ(民法643条)、法律行為でない事務の委託が「準委任」にあたり、委任と同じ規定が適用される(民法656条)

しかし、取締役も健康保険や厚生年金といった社会保険の被保険者になることができる。社会保険は保険制度であり、どのような人を被保険者とするかについては保険者が自らの裁量で決めることができる。ここには労働者保護という観点はない。会社と従業員との間の雇用契約では、会社と労働者は対等であることが原則とされるが、実際は会社の方が有利な立場にある事が多い。このため、労働関係の法律では労働者保護の姿勢を色濃く持ち合わせている。

では、保護されるべき労働者とはどのような人を指すのだろう。実際の裁判では、旧労働省の労働基準法研究報告書が示した判断要素が用いられることが多い。この研究報告書では労働者の判断に当たって、「使用従属性」と「労働者性」の2つの要素を示している。

「使用従属性」としては①仕事の依頼への諾否の自由、②業務を遂行する上での指揮監督、③時間的・場所的拘束性、④別の人による代替性、⑤報酬の算定・支払方法を主な判断要素とし、「労働者性」については補足的な扱いとし、事業者性の有無や専属性の程度、採用時の選考過程、給与からの源泉徴収や労働保険の適用の有無などを判断要素としている。






管理職は使用者になることもある


では、契約におけるもう一方の当事者である使用者とは誰なのか。労働基準法における使用者と、労働契約法における使用者は異なっている。

労働契約法における使用者は「使用する労働者に対して賃金を支払う者」とされており、雇い主そのものと言える。一方、労働基準法では使用者は「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」とされている。使用者について、労働基準法は労働者を保護する必要性から労働契約法よりも広い範囲を対象にしており、労働者に賃金を支払わない管理職や管理監督者も使用者になる場合がある。このため、労働基準法違反によって書類送検される恐れもついてまわる。

しかし、昨今ではこの使用者が誰かが判然としないケースが増えている。特に請負契約や派遣契約では、法律上の使用者は仕事を請け負った企業や派遣元の会社になるが、実質的な使用者は請負先や派遣先というケースがある。また請負や派遣では2次、3次といった多重の下請けや派遣が行われることがあり、受け入れ先に1次下請けや派遣元の労働者以外の労働者が混在している場合などでは、一体誰が使用者なのかがはっきりしないことがある。

こうした場合に労災事故が起こったり、処遇や解雇を巡ってトラブルになると、実質的な使用者が誰なのかを巡って黙示の労働契約の成否が問われることになる。この場合は①実質的に賃金を決定しているのは誰か、そして②指揮命令や出退勤管理、異動・配置、懲戒処分を担っているのは誰かによって、使用者が判断される。


2018/3/24






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