人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

「働き方改革」が目指す先にあるもの



「働き方改革」という掛け声の下、長時間労働を減らす動きが進んでいます。一方で労働生産性の向上も求められています。生産性を向上させないまま、労働時間だけを減らすと、付加価値という収益も減ってしまうからです。しかし、改革は遅々として進まず、現場では「働き方規制」の様相が強まり、不平・不満が高まっています。

労働生産性がなかなか向上しないのには、いくつか理由があります。労働生産性を向上させるにはインプット(投入)を減らし、アウトプット(付加価値)を増やせば良いのですが、今は投入される経営資源としてもっぱら労働時間にだけ焦点が当てられています。

他にも人数や賃金の面からの取り組みも考えられますが、異動や配置転換、処遇の見直しといった人事上の施策を伴うため、簡単に手をつけられません。そのため手っ取り早い方法として労働時間だけに焦点が当てられ、「残業を減らせ」という大合唱に繋がっています。労働生産性の向上には残業を減らすだけでなく、別のアプローチからの対策も必要です。

また、いわゆるホワイトカラーの仕事という特性も生産性の向上を阻んでいます。現在のホワイトカラーの仕事は、企画・提案・開発といった非定型の業務が中心です。このため、仕事の進め方は企画やプロジェクト、顧客ごとに個別性が強く、定型化や共通化、標準化することが出来ず、労働生産性の向上は担当者任せになりがちです。

そして成果を定量的に測定することが難しいため、マネジメントの基本とされるPDCA(計画→実行→評価→改善)サイクルが回らず、時間や場所の制約を受けずに仕事が進められる点も相まって、時間をかけても成果が上がればよい、期限・納期・締切りが来るまで作業を続けてしまう、といった状態になり、労働生産性が上向きません。






労働生産性を詳しく分析すると


さらに経営陣や管理職の意識の問題もあります。「働き方改革」を推し進める理由としては、法律による規制や当局による調査・指導が厳しい、ブラック企業とみなされると採用が難しくなるといった、どちらかと言えば後ろ向き、消極的な理由が目立っています。

しかし労働生産性の問題を突き詰めていくと、経営の根幹に関わる問題に迫ることになります。次にこうした視点から労働生産性の問題を見てみましょう。

労働時間から捉えた労働生産性は、以下の式の通り付加価値という成果を総労働時間で割る(※)ことで求められます。これにより自社は単位時間当たり(例えば1時間当たり)、どれくらいの利益を稼いでいるのかがわかります。


         付加価値(成果)
労働生産性 = ──────────
          総労働時間

※労働者数で割る場合もありますが、今回は時間に焦点を当てるため、総労働時間数を用います。


そして分母の総労働時間を詳しく見ると、付加価値を生む活動にどれだけの時間(直接業務時間)が費やされているかという時間の使い方(投下時間効率)と、直接業務時間からどれだけの付加価値を生み出しているかという時間当たりの生産性(純時間生産性)に分解されます。これを計算式で示すと以下のようになります。


          付加価値(成果)     直接業務時間      付加価値(成果)
労働生産性 = ────────── = ───────── × ─────────
           総労働時間       総労働時間      直接業務時間



右辺の左側が「投下時間効率」を示しており、現在の「働き方改革」の大半は、こちらに焦点が当てられています。社員の労働時間のうち利益に結びつかないような活動、例えばムダな会議や過剰な資料作りをなくすなどがその典型です。

一方、右側は付加価値を生み出すために使われた労働時間(直接業務時間)から実際にどれだけの付加価値を生み出しているかを示しています。クルマに例えれば燃費効率に相当するもので、1リッターのガソリンでどれだけの距離を走行できるのかに当たります。








労働生産性を高める方策とは


この計算式から労働生産性を向上させるには、3つの事柄に着目する必要があることがわかります。

一つは、自社にとっての付加価値という成果は何かをしっかり定めることです。付加価値は技術力、価格競争力、企画開発力、顧客との関係、デザインやブランド、特許といった無形資産など、複数な要素から成り立っていることもあります。ここから中心的な成果を明らかにします。これは自社の存在する意義や立ち位置を明らかにする、あるいは強みを活かす事に通じます。

2つ目は明らかになった付加価値を生み出すことに関わる仕事・業務は何かを見定めることです。生産、販売、企画、開発、サービス提供といった利益を生む場において、直接的に付加価値を生み出す仕事と、そうでない仕事を区分けし、直接利益を生む業務に多くの時間を振り向けるようにします。

3つ目は、2つ目で明らかになった直接的に付加価値を生む業務に必要な能力やスキル、働き方を明らかにして、これを向上させることです。これにより同じ労働時間から、より多くの付加価値を生み出すことができます。現在の「働き方改革」には、労働生産性を向上させるには能力開発が必要という視点が抜け落ちています。

厚生労働省の平成28年版の「労働経済白書」でも、付加価値の上昇のためには「全要素生産性」(TFP)の上昇が必要であると指摘しています(P76)。具体的には、①情報化資産(受注・パッケージソフト、自社開発ソフト) ②革新的資産(R&D、著作権、デザイン、資源開発権) ③経済的競争能力(ブランド資産、企業が行う人的資本形成(OFF-JT)、組織形成・組織改革)といった無形資産投資が波及効果を持つとしています。

そして企業における能力開発の実施が労働生産性に大きな影響を与えていることを明らかにしています。その一例として、OJTとOFF-JTの実施割合を縦軸と横軸に取り、業種別に労働生産性の大きさをバブルチャートで示しています。この図から企業が能力開発に投資をする割合が大きいほど、労働生産性も高まることがわかります。




H28年・労働経済白書 P102


労働生産性を向上させることで、現在と同じ付加価値を今より短い時間で生み出すことができます。そして余った時間が生まれることで、新しい製品やサービスの開発を図る、あるいは新規事業への進出を進めるといった将来の利益を生む投資に人材を振り向けることが可能になります。経営上、労働生産性を向上させる重要性はこの点にあります。

企業を取り巻く環境は、従来にも増して短期間で大きく変わることが予想されます。今は付加価値を生んでいる製品やサービスも、ある日突然、市場価値が低下し、お荷物になる、そんな事態が頻発しています。会社は常に事業内容の新陳代謝を進める必要があり、そのためには労働生産性を向上させ、現在の収益を確保しつつ、余力の時間を捻出し、将来に備える必要があります。日本ではパフォーマンスの悪い社員を簡単には解雇できないため、労働生産性の向上には採用とその後の能力開発が重要と言えます。


2018/4/25


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