人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

給料を下げる際はここに注意



多様な働き方を引き出すことを目的に会社員の給与所得控除が縮小され、代わりにすべての納税者に適用される基礎控除が拡大されます。これにより高い年収の会社員は増税になり、自営業者やフリーランスといった人たちには減税になります。厚生労働省も会社員の副業を容認・推進する方針で、今後、主業の給与所得以外の収入を得る人は増加すると思われます。

一方、企業は高い専門性を持った人材の採用が困難な情勢が続いていることに加え、コスト競争に勝ち抜くため、外部人材の活用を積極的に進めています。また労働力の不足は人工知能やロボットといった新しいテクノロジーの進歩を促し、既存の仕事の代替も進みそうです。

このように社員の働き方が変わり、企業が社内の仕事を外注化する、あるいは代替することが進めば、現在雇用されている従業員の給与も見直しを迫られる可能性があります。人手不足が続く中で給料は下がらないと思われがちですが、世の中全体の趨勢はそうでも、会社や個人といった個別の事情によっては賃金を下げざるを得ない場合もあります。会社が社員の賃金を減額する際の方法と注意点を確認してみましょう。






就業規則の変更による賃金の減額


まず就業規則を見直して全社員一律に賃金を減額するという方法があります。不況に見舞われた際などによく用いられるやり方(ベースダウン)で、この場合は就業規則の 不利益変更 が認められるかどうかが問題になります。

労働契約法は第9条で、会社は労働者と合意することなく就業規則を変更し、労働者の労働条件を不利益に変更できないと定めていますが、例外として第10条では就業規則の変更が合理的である場合は可能であるとされています。合理的かどうかの判断は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他就業規則の変更に係る諸事情を踏まえて検討されます。

全員一律の賃金減額ではなく、賃金総額は変えないまま賃金の配分方法を見直す、あるいは降格規定を設けるといった成果主義的な人事制度の導入により、特定の階層や一部の社員の賃金を減額するケースもあります。こうした事例では、賃金が増える社員もいるため、不利益とは何かを巡る争いになります。


また就業規則を変更せずに賃金だけを減額するケースもあります。例えば就業規則や賃金規程には「社員ごとに給料を定める」とだけされていて、賃金表や賃金テーブルは用意していない会社などの場合です。このケースでは労働者との個別の同意が必要になります。労働契約法は第8条で、会社と労働者は合意によって労働条件を変更できると定められており、これを逆に読めば会社は社員との合意がない限り賃金を減額することはできないことになります(消極的合意原則

ここで問題になるのは、社員との合意があればどんな変更も法的に有効であるとする 積極的合意原則 がどこまで適用されるのかということです。会社と社員は契約上の立場は対等とされますが、実際は会社側が有利な立場にあることが多いため、無制限に「積極的合意原則」を容認すると、労働者にとっては極端な不利益となりかねません。

就業規則を変更せずに賃金を減額する場合は、労働者が有する賃金債権の一部を放棄することが合法的に行われるようにする必要があります。そのためには債権放棄が労働者の自由な意思によるものであることが求められます。会社は賃金減額について丁寧な説明を行い、情報提供に努め、書面による同意を取り付けることが望まれます。減額された賃金を黙って受領しているからといって 黙示の了承 があったとはされないこともあります。

説明を尽くしても同意を得られない労働者については賃金を減額することができません。同意がないまま賃金を減額すると、労働基準法で定める「賃金の全額払い」の原則に抵触し、賃金の未払いとなってしまいます。就業規則を変更せずに賃金を減額する場合は、減額に同意した社員と同意しなかった社員との不公平感をどのように解消するかが課題として残ります。



どうすればいいの?



人事権の行使による場合


次に人事権の行使により賃金が減額されるというケースがあります。これには①異動・配置転換、②等級の引き下げ、③降格という3つのパターンがあります。

人事異動や配置転換の場合、日本の多くの会社で採用されている 職能資格制度 では賃金が減額されないのが原則です。しかし異動や配転により手当がなくなることで、賃金が減額になることがあります。こうしたケースでは就業規則に手当は特定の部門や職種に対して支給されるという定めがあること、または異動や配置転換により手当が不支給になることについて規定があることが求められます。もし根拠規定がなければ社員の同意を個別に得る必要があります。

職務給制度役割給制度 のように仕事の価値に応じて賃金が決まり、社員の年齢や勤続年数などの属人的な要素を考慮しない賃金制度を採用している場合は、人事異動や配置転換によって賃金が減額されることがあります。これが日本で「職務給」が普及しない原因の一つと言われています。人事異動のたびに賃金が増減するため、柔軟な人員配置が難しくなるからです。

職務給や役割給を取り入れている会社において、人事異動によって賃金が減額するという場合は、職務給や役割給が本来の制度の趣旨に則って運用されているかどうかが焦点になります。実際の裁判でもこの点が指摘され、人事異動による賃金の減額が認められなかったことがあります。


職位や役職が引き下げられる 降格により賃金が減額になるケースもあります。部門の成績が振るわないことを理由に部長から課長へ降格されるといった場合です。降格による賃金減額には規定がなくても有効と判断されることが多々あります。裁判所は部長や課長といった会社組織上の職位や役職の任免については企業の裁量権を幅広く認める傾向にあり、就業規則の根拠規定等の有無は特に重要視されません。

一方、懲戒処分としての「降格」が行われることもあります。この場合は、懲戒を行うために就業規則において規定が設けられていることが必要です。さらに処分の相応の理由や手続きの進め方、弁明の機会の付与、処分の相当性・妥当性などが問われるため、人事権の行使による降格に比べハードルが高くなります。労働者と争いになり、懲戒処分が無効と判断されると、降格も無効になる恐れもあります。また懲戒処分によって給料を減額すると、労働基準法の 減給の制裁 の規定が適用され(第91条)、賃金の減額には一定の制限が課せられます。

このため懲戒処分により降格させ減給するのではなく、懲戒処分とは別に人事権の行使によって降格をさせ、結果として減給となる措置が無難と言えます。行政当局の通達でも、交通事故を起こした運転手を制裁として助手に格下げし、賃金も助手の賃金に低下させることは減給の制裁に当たらないとされています(S26.3.14.基収518号)

なお懲戒処分を行い、さらに降格によって賃金を減額しても、一つの事案で2度処分を行うことを認めないとする 一事不再理 の原則に反することはありません。


2018/9/26






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