人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

「新・生産性立国論」が指し示す今後の日本企業の経営方針


明治の文豪、夏目漱石は小説「草枕」の冒頭にこう書いている。「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」。西洋近代化の波が押し寄せる明治という時代に生き、イギリスにも留学経験のある漱石が捉えた日本人の本質は今も変わっていないようだ。

日本社会では合理的に物事を考えず、感情に左右されることが珍しくない。本書の著者、デービッド・アトキンソン(David Atkinson)も、日本では物事を分析的ではなく感覚的に捉えたり、自分の経験を基に結論を導く傾向が強いと述べている。それが原因で日本経済は90年代の不動産バルブの崩壊から未だに立ち直れずにいる。当初言われていた「失われた10年」は20年、30年と延び続けている。私たちはそろそろ数字を基にした現実と向き合い、錯覚や妄想、事実誤認、精神論から抜け出すべき時期に来ているのではないか・・・

新・生産性立国論
クリックでAmazonへ↑
(立ち読みできます)


著者は本書で戦後の日本経済の奇跡的な経済成長は必ずしも日本式経営によるものではなく、人口が爆発的に増加したためであることを解説する。そのため今後人口が急速に減少しつつある日本社会では、生産性を向上させることが日本経済の再生につながる途であると説く。著者は外資系金融機関に勤めた後、日本の伝統産業を担う中小企業(小西美術工藝社)の経営を担うという異色のキャリアの持ち主だ。



デービッド・アトキンソン(David Atkinson)


生産性とは一体何か


では、そもそも生産性とは何か? 日本では生産性の意味についても多くの誤解や錯覚がまかり通っている。まず生産性とは会社の利益ではない。生産性とは1人当たりのGDP、つまり国民一人当たりが生み出す付加価値のことだ。会社の利益は付加価値の一部に過ぎず、他にも労働者への賃金、税金、配当、支払利息が含まれる。

現在の日本の生産性はOECD加盟国36カ国中、21位に留まっているが、世界第3位のGDPという付加価値の総額ばかりが注目される。日本のように人口が多い国であれば国民が稼ぎ出す付加価値の総額は大きくなるのは当たり前だ(OECD加盟国で日本より人口が多い国は米国とメキシコの2カ国)。日本の経営者は不動産バブルの崩壊以後、海外生産や非正規労働者を増やすなどによりコストを削減し、利益を上げたものの、生産性を向上させてこなかった。それが日本の労働者の賃金が上がらない大きな原因になっている。

また生産性は効率性とも異なる。いくら効率よくモノを作ったり、サービスを提供しても、それが売れない、あるいは受け入れられなければ生産性は向上しない。では、なぜ生産性を向上させなければならないのか? それは社会保障制度を維持するためと、国の借金を返済ができない不良債権にしないためだ。

日本は比較する外国として何かとアメリカに目を向け過ぎる。アメリカは移民や外国企業の投資を積極的に受け入れ、先進国の中で例外的に人口が増加し続けている。さらに社会保障の拡充に対して国内で反対や異論が多い。日本が比較するのはむしろ社会保障の充実に国民的な合意が形成されているヨーロッパだ。







妄想にとりつかれている経営者


日本の生産性向上を阻んでいる要因としては、日本の経営者の間に蔓延している過去の成功体験に基づく誤った認識がある。その最たるものが、日本の製品やサービスは「高品質で低価格」であり、そのため日本式経営は成功してきたというものだ。

著者は日本の製品・サービスは高品質かもしれないが、高付加価値ではない所があると言う。高品質・低価格が通用したのは人口が爆発的に増加し、市場が拡大した昭和の高度経済成長時代にしか通用しない話なのに、未だに多くの日本の経営者たちはこの妄想に捉われていると指摘する。そして時代に合わなくなった「高品質・低価格」商品・サービスを 高品質妄想商品 と命名して事例を掲げ詳しく解説している。

そして1章すべてを割いて、世界で最も優秀とされる労働者を、世界で34位という最安に近い最低賃金で使いながらも、生産性を上げられない日本の経営者を断罪している。日本の経営者は優秀な人材にふさわしい仕事をさせずに、有効に活用できていないという訳だ。付加価値を高めるためには労働者の知恵や創意工夫は欠かせないが、レベルの低い仕事しかさせていない結果、生産性が低迷している。女性労働者の社会進出の遅れもその一例だ。日本が生産性を高めるには労働人口の半数を占める女性に能力に見合った仕事をしてもらい、もっと稼いでもらう必要がある。

政府が取るべき政策としては、①人口減少により会社の数が自然に減っていく動きを阻止しないこと、②最低賃金を引き上げ経営者に経営の見直しを迫ること、③女性の活躍を阻んでいる税制や社会保障の優遇策を廃止することを提唱している。そして、日本企業が生産性を高める具体策として5つのドライバーと12のステップを提示している。

ちなみに、5つのドライバーは次の通り

  1. 設備投資を含めた一人あたりの資本の増強
  2. 新しい技術、商品、マーケティング、組織・人材 の導入
  3. 労働者のスキルアップ
  4. 新規事業への参入
  5. 他社と競争すること



江戸時代の末期、浦賀にアメリカの黒船が4隻現れた時、「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)、たった4杯(4船)で夜も寝られず」という狂歌があった。私たちはそろそろ目覚めないと、未来は暗澹たるものになりかねない。本書も高級茶の上喜撰のように眠りを覚ましてくれるかもしれない。






2022/01/27





事務所新聞のヘッドラインへ
オフィス ジャスト アイのトップページへ


↑ PAGE TOP