人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

リスキリングに欠かせないアンラーニング


長寿化に伴い、仕事に携わる期間も長期化しつつある。その一方、仕事を取り巻く環境の変化は日毎に早まっている。私達は環境変化の早さに対応するため、学び続け、自らを変化させる必要に迫られている。これは経営とも相通じる所がある。しばしば「経営は変化対応業」と言われるように、競争力のある強い会社が生き残るのではなく、変化を続ける会社が生き残れる。

最近はこうした動きは、「学び直し」とか「リスキリング」と称される。そして、この「学び直し」や「リスキリング」に欠かせないのが、すでに身につけたスキルや考え方、仕事の進め方などを一旦、捨て去る「アンラーニング」(学習棄却)だ。

「アンラーニング」は元々、組織や集団での現象として焦点が当てられ、解明されてきた。そのため個人のアンラーニングには未解明な点が数多くある。そうした中、松尾睦氏は個人のアンラーニングに注目し、調査データを元にアンラーニングの全体像を示している。


アンラーニングとは何か


そもそもアンラーニングとは、時代に合わなくなった知識やスキルを意図的に捨てつつ、新しい知識やスキルを取り込むことを言う。これまで自分が獲得してきた技術やものの見方・考え方、判断基準などを捨て去ったり、仕事の進め方や情報共有、意思決定の仕組みを見直すことを指す。

アンラーニングには表層的なものと、中核的なものとに区分けされる。表層的なアンラーニングは基盤となる知識やスキル(=ノウハウ)は変えずに、表面的なテクニックだけを変えるもので、リフォームや増改築に近い。それに対し中核的なアンラーニングは自分の中の常識を新しくするもので、建て替え工事のようなものと言える。表層的なアンラーニングでは新しいノウハウは得られるものの、既存のノウハウは棄却されずにノウハウをため込むスタイルであり、環境変化への対応は小手先なものとならざるを得ない。

中核的アンラーニングは、一筋縄ではいかない面がある。特に会社・組織の上位階層者になるほど、これまでに自分が身につけてたきた「必勝法」や「得意技」「勝ちパターン」といったものが必ずある。それを捨て去るのは自己否定に繋がる面もあり、容易ではない。

それでも「アンラーニング」に取り組まなければならないのは、過去の成功体験に囚われて、変わりゆく現実に対応できなくなるという「コンピテンシートラップ」(有能さの罠)に陥る恐れが年々高まっているからだ。多くの人はこのトラップに捕らわれ、「かつてのヒーロー」となってしまった人を見た経験があるのではないだろうか





アンラーニングの仕組み


ではアンラーニングはどういった仕組み、メカニズム、プロセスになっているのだろう。それを明らかにするにはデービッド・コルブ(David Kolb)の「経験学習モデル」が参考になる。「経験学習モデル」では、人は①具体的な経験をする → ②その経験を振り返り内省する → ③そこから自分なりの何らかの教訓を得る → ④得られた教訓を次の経験に応用する、という一連のサイクルを繰り返しながら学習する。

このモデルの②と③の内省をして教訓を引き出す箇所がアンラーニングと深い関わりを持つ。経験を振り返ることで、これまでの手法や考え方の限界に気づき、新たな方法の必要性に気づくことがアンラーニングのきっかけになる。過去の経験にこだわり、新しい教訓が得られない、得ようとしないとアンラーニングは起動しない。

つまりアンラーニングには、新しい現実に直面したという自分の経験を単に振り返るという内省だけでなく、批判的なレベルまで深く内省することが必須になる。米国の成人教育学者のジャック・メジロー(Jack Mezirow)は自分の型を変えるような「変容的学習」を実践するには、自らの信念や前提に疑問符を付けるような「批判的内省」が必要になると唱えている。日頃は意識することさえないような自分にとっての常識や当たり前、前提条件がおかしいのではないかと疑いの目を持つことが欠かせない。

そして、この批判的内省と新たな教訓を得るプロセスを支えるのが「学習志向」と「自己変革スキル」だ。私達の行動の背後には、自分の能力を高め、学ぶことを重視する「学習志向」と、周りから認められ、高い評価を得たいという「業績志向」がある。このうち「学習志向」の方が「業績志向」よりもより強く批判的内省を促す。

「自己変革スキル」は、提唱者のクリスティーン・ロビチェック(Christine Robitschek)が「personal growth initiative」と称する概念であり、個人の変革や改善のためのスキルである。自己変革スキルは次の4つの次元で構成される。

  1. 自分を変える必要がある箇所を理解する変革のための準備
  2. 自分を変えるための計画を立てる
  3. 変革に必要な周りの人という資源を活用し、支援を得る
  4. 成長の機会を見逃さない意図的な行動



これらをまとめるとアンラーニングのプロセスは以下のようなモデルになる




実践での7つのアドバイス


松尾氏はアンラーニングを実践するための以下の7つのアドバイスを示している。

  1. アンラーニングを意識する
  2. 昇進や異動、上司が代わる、研修の受講といった学習の機会を逃さない
  3. 保守的・受動的・自己完結的な働き方から、顧客志向・革新志向・ネットワーク志向への転換を図りながら、自分のことを中心に考える「小我」から、世のため・人のためといった「大我」へマインドチェンジする
  4. 学習志向により自分のスタイルを固定化する自己模倣を乗り越える
  5. 浅い内省から深い批判的内省に繋げ、自分の型やスタイルを振り返る
  6. アンラーニングを現実的に計画する
  7. 他者に支援を求める



アンラーニングを会得するには、ストレッチという挑戦に取り組みながら、「学習志向」という適切な思いを抱きつつ、上司や同僚といった関係者との繋がりを怠らず、変革を楽しむ姿勢が大切と言えるだろう。


2023/05/19



仕事のアンラーニング
松尾睦・著 同文館出版・刊
税別2,000円


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